外資系企業が日本で事業を行う場合、日本の労働法や社会保障制度を理解することが非常に重要です。海外の本社が定めた雇用制度をそのまま日本の子会社や日本支店に適用すると、思わぬ労務トラブルにつながることがあります。
外資系企業の労務管理では、まず次の点を理解する必要があります。
「相手の常識は、その国の法律や慣習に基づいている」
つまり、日本では当たり前の制度でも、海外企業にとっては全く知られていないケースが少なくありません。ここでは、外資系企業が日本で労務管理を行う際に特に注意すべきポイントについて解説します。
日本と外資系企業の労務制度の主な違い
外資系企業が日本で事業を行う際、特に問題になりやすいのが次の分野です。
これらは日本と海外で大きく異なるため、本社の制度をそのまま適用すると労務リスクが生じる可能性があります。
1 解雇制度の違い
外資系企業の雇用契約書には、次のような条項が記載されていることがあります。
「双方いかなる理由であっても、いつでも雇用契約を解消できる」
これは、米国などで採用されている アットウィル雇用(at-will employment) の考え方です。
しかし、日本ではこの制度は認められていません。
日本の労働契約法第16条では、次のように規定されています。
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする。
つまり、日本では
がない解雇は 無効となる可能性が高い ということです。
さらに、日本では解雇を行う場合、労働基準法により 30日前の解雇予告または解雇予告手当 が必要となります。このように、日本の解雇制度は海外に比べて非常に厳しく規制されているため、外資系企業は日本の法制度を理解することが不可欠です。
2 給与の支払い方法の違い
米国企業などでは、給与は 2週間ごとに小切手で支払う ケースが一般的です。
しかし、日本では賃金支払いについて労働基準法第24条で次の原則が定められています。
つまり、日本では毎月1回以上、一定の期日を定めて給与を支払う必要があります。
そのため、外資系企業から「毎月第○週のいずれかの日に支払うことはできないか?」
という質問を受けることがありますが、日本では法律上、支払日を明確に定める必要がある ことを説明しなければなりません。
3 ホワイトカラーエクゼンプション制度
米国では、専門職などのホワイトカラー労働者について、労働時間規制を適用しない ホワイトカラーエクゼンプション制度 があります。
そのため、雇用契約書に次のような記載があることがあります。
しかし、日本ではこのような制度を広く適用することはできません。
日本でも
などの制度がありますが、適用範囲は限定されています。
また、日本では固定残業制度を導入する場合でも
などの要件を満たす必要があります。
外資系企業では給与水準が高いことが多く、長時間残業が少ないため問題が表面化しにくい場合もありますが、日本では退職後に 未払残業代請求 が発生するケースもあります。そのため、日本の労働時間制度について正しく理解することが重要です。
4 有給休暇制度の違い
有給休暇制度も、日本と海外で大きく異なります。特にヨーロッパでは、長期休暇を前提とした制度が一般的です。多くの国では連続した2週間以上の休暇取得が法律で義務付けられています。
そのため、海外企業では
という運用が一般的です。
しかし、日本では労働者の 時季指定権 が認められており、会社が過度に取得時期を制限すると 有給休暇取得の妨害 と判断される可能性があります。
また、日本では2019年以降年5日の有給休暇取得義務が企業に課されています。
この点も外資系企業が理解しておくべき重要な制度です。
5 社会保障制度の違い
日本の社会保障制度も、海外企業にとっては大きな違いがあります。
日本では
などの公的保険制度が整備されています。
例えば、病気で働けなくなった場合には傷病手当金により所得補償を受けることができます。また、出産時には出産手当金の制度もあります。このような制度は海外企業にはあまり知られておらず、説明すると驚かれることも少なくありません。さらに、日本の健康保険には海外療養費制度があり、海外で医療を受けた場合でも一定の条件のもとで医療費が支給されます。
外資系企業の労務管理には専門家のサポートが必要
このように、外資系企業が日本で事業を行う場合には
などを正しく理解することが不可欠です。
しかし、多くの外資系企業は、日本の労務問題について 外国法に詳しい法律事務所 に相談することが一般的です。
日本では法律分野が
など 専門分野ごとに分業化 されているため、労務管理については社会保険労務士に相談することが最も適切です。社会保険労務士は Labor and Social Security Attorney として、労働法や社会保障制度の専門家です。外資系企業が日本で事業を展開する際には、日本の制度に適合した労務管理体制を整備することが重要です。
当事務所では、外資系企業の日本法人・日本支店に対し
など、外資系企業特有の労務管理をサポートしています。
外資系企業の日本拠点における労務管理についてお困りの際は、お気軽にご相談ください。
外資系企業やグローバル企業では、日本で雇用された従業員が海外の支店や関連会社へ赴任するケースが少なくありません。
例えば
といったケースです。
このような場合、日本の会社に在籍したまま海外勤務をする「海外派遣」となることがあります。
海外派遣の場合、日本の労働保険や社会保険の取り扱いは通常の国内勤務とは異なるため、企業は適切な手続きを行う必要があります。
この記事では、日本から従業員を海外赴任させる際の 労働保険・社会保険の取り扱いについて解説します。
海外赴任者の労働保険の取り扱い
海外赴任者の場合、労働保険の取り扱いは次のようになります。
それぞれ取り扱いが異なるため注意が必要です。
海外派遣者の労災保険(海外派遣者特別加入)
海外赴任者の場合、日本の労災保険は原則として適用されません。そのため、日本企業から海外へ派遣される労働者については海外派遣者の労災保険特別加入(第3種特別加入)
という制度を利用することになります。この制度に加入することで、海外勤務中の業務災害についても日本の労災保険による補償を受けることができます。
労災特別加入の保険料
海外派遣者の労災保険料は、次の計算式で算出します。
給付基礎日額 × 365 × 保険料率
給付基礎日額は、海外派遣者の平均賃金に相当する額を基準に決定します。
保険料率は3/1000となっています。
例えば、給付基礎日額 20,000円の場合、
年間保険料は20,000円 × 365 × 3/1000= 約21,900円となります。
労災特別加入の申請手続き
労災保険の特別加入は
を経由して申請を行います。申請時期についても注意が必要です。
例えば、4月1日から特別加入を希望する場合、
申請期間は3月2日~3月31日となります。
この期間を過ぎると、希望日からの加入ができない場合があるため、早めの手続きが重要です。
海外赴任者の雇用保険
海外派遣者の場合でも、日本の事業所に在籍している場合は雇用保険は継続適用となります。
そのため
には、通常どおり雇用保険料を控除する必要があります。雇用保険料は、日本側で支払われる賃金を基準に保険料率を乗じて計算します。
海外赴任者の社会保険(社会保障協定)
海外赴任で特に問題になるのが社会保険料の二重払いです。
海外勤務の場合
の両方に加入しなければならない可能性があります。
この問題を解決するため、日本では多くの国と社会保障協定を締結しています。
社会保障協定とは
社会保障協定とは、海外赴任者の社会保険料の二重払いを防ぐための制度です。
例えば
のどちらか一方に加入することで、もう一方の保険料を免除できる仕組みです。
ただし、社会保障協定の内容は国ごとに異なります。そのため、海外赴任先の国ごとに制度を確認する必要があります。
適用証明書交付申請
社会保障協定を利用するためには適用証明書を取得する必要があります。
適用証明書とは「日本の社会保険制度に加入していることを証明する書類」です。
この証明書を海外の社会保険機関に提出することで、現地の社会保険加入が免除されます。
適用証明書の申請先
適用証明書の申請先は会社所在地を管轄する年金事務所または広域事務センターです。申請は海外赴任の約3か月前から行うことができます。申請後約2週間程度で証明書が発行されます。海外赴任者は、この適用証明書を持参して海外勤務先で必要な手続きを行います。
海外赴任時の社会保険の注意点
海外赴任の場合でも、日本から給与が支給されている場合は社会保険の標準報酬月額の計算に注意が必要です。
例えば、
の両方がある場合は、合算して日本円換算で判断することがあります。
その結果
などの手続きが必要になる場合もあります。
海外赴任には専門家のサポートが重要
海外赴任者の労務管理では
など、通常の労務管理とは異なる手続きが必要になります。また、国ごとに制度が異なるため、海外赴任のたびに確認が必要になります。
外資系企業やグローバル企業では、
などについて、専門家の支援を受けることが重要です。
外資系企業の労務管理のご相談
当事務所では、外資系企業や海外展開企業に対して
などをサポートしています。海外赴任者の労務管理や社会保険手続きについてお困りの際は、お気軽にご相談ください。